BASE YOGA MEDIA

2019.08.16.Fri │ ヨガトーク BASEティーチャーがヨガを続けている理由 私の人生を変えた、ヨガ。

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皆さん、こんにちは!
BASEヨガティーチャーAIKOです。

この記事では、BASEティーチャーが“ヨガを続けている理由(ハマった理由)”について迫っていきたいと思います!!

と、その前に、
BASEティーチャーそれぞれの人柄などについて、先にこちらの記事をご覧になることをおすすめします。
きっと今回の記事がさらに面白く読めると思います♪
これがBASEっぽさだ!BASEティーチャー裏プロフィール

あなたがヨガを続けている理由はなんですか?

ある日のこと・・・・
ふと、AYUMIが「なんでヨガにハマったの?」「ヨガを続けている理由ってなんだと思う?」と質問してきました。
一瞬固まったんです。笑

どんな部分やったっけ・・・?(ありすぎる・・・)

この質問をしてくれたことで、
再度、ヨガが自分にとってどんなものだったっけ?って考えるきっかけになったんです。

AYUMIがこの質問をしてくれた想いは、
「いちヨガ練習生としてヨガを続けるに当たって、この部分が大事だと感じたから」と。

〝先生としてではなく、いち生徒として、それぞれがヨガを続けている理由〟

今回は、プロフィールに書かれていないことまで・・わたしが各自にインタビューして聞き出した、熱い想いをメディア記事におこしました。

少し長くなりますが、ご覧ください。

NAOKIの場合:すべてに正解があると思っていた。

前職の消防時代、交通事故のリハビリのため、SAYURIの勧めで始めたヨガ。
シャヴァーサナがすごく心地よく感じて、その気持ちよさの中にも何かの「法則」みたいなものがあると思っていた。

そこからこの「法則」について、探求の道が始まり、出会う先生に「これはなんでなんですか??」と質問する日々。
ただ、その返答は「ヨガだからだよ。」みたいなめちゃくちゃ「ふわっ」としたものだった。

シャヴァーサナだけでなく、ポーズのつま先の向きや指先は閉じるのか・開くのか・・・・
当時「すべてに正解がある」と思っていた。

ヨガが楽しくなっていく反面、どれが正解なのか迷ってしまうことが増えてきていて。

当然あると思っていた“正解”。
何の疑いもなく“正解”を追い求めた。

僕にとって、「正解があるようでない」「全てが正解になり得る」ヨガの世界観は衝撃的だった。

NAOKIの場合:やわらかさに救ってもらった。

ヨガを続ける中で「どれが正解やねん?!」っていう思考の癖や、今までガチガチに固まっていた心に気がつきはじめ。
もしかしたら、自分の考え方は生きにくいのかもしれないと受け入れられるように変わっていった。

そうすると、ヨガの世界観がスルスルと理解しやすくなっていった。

今まで自分が思っていた概念や考え方がやわらくなって、ヨガがこれまでよりもさらに魅力的に思えた。
この変化は現在進行中なのかもしれない。

「だからこそ、僕と同じように正解を求める人生を送っている人に、この“柔軟さ”を伝えたい。」

それまでの僕を知る親や友達は、すっかり柔らかくなった僕に、はじめは戸惑うこともあったみたい。
でもこの柔軟な考えを持って接して来たことで、人間関係さえ、まあるく変わっていった。

現在は経営者として、24時間BASEのことを忘れることはない。
ただ生徒としてヨガをしている時間は、日常とは少し距離を置いて、自分の感覚に集中することができる。
その感覚が純粋に楽しい。

SAYURIの場合:言葉にできない「静かな感覚。」

ヨガをしている時に、自分の内側に広がっているのは言葉にできない「静かな感覚。」

今ままで言葉にしてこなかったから、言葉にするのが難しい。

けれど、ヨガを始める前や始めたばかりの頃は、頭の中にはいつも考えごとでいっぱいで。
四六時中、頭の中では何かを話しているような、何かに集中するということがなく生活していた。

自分の内側に意識を向けるという方法があることさえ知らなかった。

今はヨガを通して、内側に意識を向けることで、“生きていることがありがたいこと”だと気がつくことができた。

きっかけは、生徒さんには何度か話したことがあるけど、くも膜下出血で倒れて、奇跡的に脳にダメージがなく今こうやって生活できていること。
周りの人には心配をかけてしまったけど、心底“生きていることがありがたいこと”を感じることができている。
私を愛してくれる大事な人たちの顔がひとりひとり・・・・と、自然と浮かんでくる。

この“生きていることがありがたいこと”を胸の中心で感じる時、言葉にできない「静かな感覚。」が私の中に広がりはじめる。

SAYURIの場合:ヨガの考えが生活の中で役に立つ。

アーサナをして身体の調子が整うのは当然といえば、当然。
それよりも面白いと感じられるのは、ヨガの考えが生活の中で役に立つと感じるとき。

今はマットの上でアーサナをしていなくても24時間ヨガをしている感覚。

普段からよく感じるのは、「人はすべて思った通りに生きている。」ということ。
どんなに苦しい状況や嫌な状況であったとしても、それも自分で選んでいる。
特に苦しい、嫌な状況なら、まさか自分で選ぶなんて!と思うかもしれないけど、人はすべてを自由に選べる。

その人の身体で起こることが、その人の内側を創る。
その人の内側で起こることが、身体を創る。

そうして、できた自分が周りの人に影響を与えて、また影響をもらいながら生きている。

だから私は自分の身体を大事に扱う。
生徒さんにも自分の身体を大事に扱ってほしいと伝える。

こうやって生きていることは、まさに“奇跡”だから。

MUTSUMIの場合:ヨガに治癒力を感じた。

私とヨガとの出会いはヨガ教室の看板をたまたま目にしたことから。それは近所にあるマンションの一室、運動不足解消のために通い始めることに。

出勤前にヨガをした日は、背筋が伸びて、前向きな気持ちで働けた。強く凛々しくいれる、そんな自分を心地いいと感じていた。

この頃、本当の姿は凛々しさとは正反対。
悩みやストレスが渦巻いていて、心身ともに弱りに弱っていた私。

曇り空が嫌いで、呼吸がしにくい。

そんな時は、いつもマットの上にいた。
ヨガをしている最中は微細な身体操作に集中した。自分の内側で繊細に変化する感覚を追いかけるのが面白い。日常の中で見失ってバラバラになった想いや願い、苦悩や責任がひとつに繋がっていく手触りに安心した。

これでいい、心がちゃんと「YES」を出しくれるマットの上が好きだった。

MUTSUMIの場合:ヨガは自分の思考や性格にあっていた。

小さい頃からマイペースにものごとに向き合うことが好き。
他人(ひと)と競争することよりも、自分の中にある感覚を丁寧に積み重ねていくことが好き。

ヨガは人と比べずに、自分のペースで成長できる。
だから今も好きで、飽きずにヨガを続けていることは、とても自然な流れだと思う。

学びを深めていくと、自分の中にあった考えが、ヨガの哲学とリンクしていることを知り驚いた。

なぜ自分はヨガを心地よく思うのか、腑に落ちたことを覚えている。自分の中でヨガの存在がさらに大きくなった瞬間だった。

今、私は先生としてヨガのクラスを指導することも、生徒としてヨガクラスを受けることも、セルフプラクティスすることも、それぞれのやりがいや楽しさを感じている。

出会った発見や面白さを仲間や生徒さんと共有することが私のライフワーク。今の自分の人生が好き!

これからも、マイペースに、誇張も虚飾もない、ありのままの姿で・・

マットの上でも、マットの外でも実践できるヨガというものの奥深さを追い続けていきたい。
「夢はおばあちゃんになってもヨギーでいること!」

AYUMIの場合:ヨガって気軽に簡単にできるものだと思ってた。

前にしていたヨガでは特に何かを感じることはなかった。
きついけど・・動いた感があって、ストレス発散になっていた。

引越しを機に生徒としてBASEでヨガを始めて。
同じヨガのはずなのに、前にもやっていたはずのヴィーラバドラーサナ2がしんどすぎて・・・笑

「なんで・・・??」

今までの人生で、いろんな場面でなんとか工夫してでも乗り越えて来たから、「周りの人はできているのに、自分は全然できない!!」みたいな経験がなかった。

「ヨガがこんなにもできないなんて・・・思ってもみなくて。これは、小手先ではできない。」と。
自分の中で起きた気づき。

新しい疑問に出会うたびに「なんで・・・??」と原点に立ち戻る。

だからBASEの先生に誰よりも質問していたかもしれない。そして、その質問に快くどこまでも向き合ってくれる存在。
自分の探究心を惜しみなく受けとめてもらったことも嬉しくて。

そうしてBASEでヨガを続けるうちに、“身体には仕組みがあるんだ”と知り、ヨガがさらに楽しくなっていった。

AYUMIの場合:大人になっても成長できるんだ。

できなかったことができるようになる過程が楽しくて。
大人になっても成長できるんだ・・・と喜びに繋がっていた。

そうやって、初めに思ったいたヨガの印象が、自分の中で変わって来たこと。
そのヨガに向き合うことで、変化していく自分を感じる。

だから、今もヨガを続けているんだと思う。

ヨガをはじめてからは、ヨガをしていない瞬間でも、まだ出会ってなかった自分を知る機会が増えた。
「私ってこう考えるんだ。」
そんな自分を発見する瞬間は、少しの驚きと“人って面白い”って喜びがある。

ヨガを通じて、自分の人生の喜びをひとつひとつ大切に集めているよう。

気がつけば、自己評価が苦手だった自分に「がんばったね。」って言える自分がここにいる。

ヨガを伝える時、生徒さんの中にも「大人になっても成長できるんだ。」って想いが芽生えてくれたら・・・。
でもどこかで毎回成長が感じられなくってもいいんだよって思ってます。

ASUKAの場合:これじゃなきゃダメ。を解いてくれるヨガ。

前職の言語聴覚士として働くようになって、世の中の「こうじゃなきゃダメ」って場面で違和感を感じていた。
どうしてこの人はこう言ったんだろう・・とか、どうしてこうしないんだろう・・と理不尽な状況に悩んでしまうことが多かった。

そんな時期、体型維持とストレス発散のためにBASEに生徒として通い始めた。
はじめは身体を動かすことが目的だったのに、レッスンが始まる前の先生の話に釘付けになっている自分がいた。

「人と比べなくていいんだよ。」っていう言葉がやけに胸に響く。

今まで感じていた違和感が自分の中で少しずつ和らいでいく。

職場の環境で「こうじゃなきゃダメ」って思っていた世界がとても狭かったんだと気づいた瞬間。

BASEの先生が話す言葉が楽しみで。

そしてその言葉で感じた感情や感覚を、家に帰って旦那さんに話すのが楽しくて。
聞いてくれる人がいたから、ヨガが生活の一部になっていた。

ASUKAの場合:ヨガの考えは、私の世界を広げてくれた。

何年も言語聴覚師としての世界にいて、その狭くなった世界の“当たり前”から一歩踏み出してみた。

いつかのBASEのクラスで聞いた「無」について。
はじめて「無」について聞いたとき、自分なりに「無」ってなんなんだろうって考えてみた。
そうやって考えてみて、こうかな〜って自分の中でも世界が広がっていく感覚がある。

新たな考えが楽しくて、仕事や生活の中でもヨガの考えを使ってみることで、人生がうまく回りはじめて、患者さんや家族の反応もよくなったのを感じた。

今もヨガを通して、人それぞれ、業界それぞれ、ヨガの種類それぞれの価値観に触れるたびに自分の世界が広がっている。
たくさんの世界を知って、飛び込んで、体験するのがシンプルに楽しい。
この世界でやっていく!!って決めている人をみて、自分も進む道を決めた方がいいのかな・・って焦る気持ちが出てきちゃうこともあるけど。

今はもう焦らない。

小さな頃から、興味がある世界にピョンと飛び込むのが得意だった。
これからも自分がみた世界を生徒さんと共有できたらって思ってます。

NATSUKIの場合:摂食障害から救ってくれた、ヨガ。

ヨガを始めたきっかけは、摂食障害になり食べ物を食べないわたしを見かねた母親の勧めだった。

とりあえず運動した方が良いと誘ってくれたそのジムには、当時好きだったミランダ・カーがしていたヨガがあった。

その時のわたしは食べることがとにかく嫌だった。
カロリーがほとんどない食べ物でも、口に入れるのが嫌だった。

ただ、運動した後は、食べてもいいかな・・と許せる自分がいた。
少しずつ食べられるようになってきたことを、家族や友達は喜んでくれた。

食べたことを後悔して、なぜ食べなくちゃいけないんだと怒りが湧く日もあった。
そのせいで気分が沈んで、ヨガに通う事に躊躇する気持ちが芽生えてしまって、苦労した。
今の自分なら、「行けた日は自分のこと褒めてあげていいんじゃない?」って思うけど、当時はそれができなかった。

次第に不安な気持ちが和らぎ、自分が抱えていた摂食障害と向き合えるようになった。

わたしはヨガをしてたから“摂食障害を治したい”って想いを持ち続けられたし、周りの人たちに支えてもらって治せた。

振り返ると、ヨガはわたしにとっての『ライフライン』になってた。

摂食障害は再発しやすいし、誰もがなり得るもの。
だからこそ、自分と同じ経験をしている人のチカラになりたい。

NATSUKIの場合:自分自身に没頭できる瞬間がそこにはある。

「自分のことだけ考えていればいい。」
それがヨガの好きなところ。

人の目に自分がどう映ってるいるか、話したときの周りがどんな反応をするか、勝手に心がそれを判断する。
そうやって過ごすことは自分にとっては当たり前で、普通、でも時々とっても窮屈だった。

だけど、ヨガをしている瞬間は、人にどう思われているか?ということから離れることが出来た。
この感覚に出会えたことで自分の中の何かが変わった。
「ただ自分の世界に集中ができる」
そこに良いも悪いもないから、心地よい。

自分自身に没頭できる。
その瞬間がヨガを続けている理由。

YOUKIの場合:ハマるものを見つけようと思って始めた、ヨガ。

何かにハマっている時の自分が好きっていう感覚があった。
子供の頃バレエや新体操にハマった時の感覚。

大人になって働きはじめて、この感覚が毎日の生活からは遠ざかっていた。

何かに没頭したい。感覚的にヨガはいいかもしれないと感じて。

いろんなヨガスタジオに足を運んでいた。
だからヨガにハマった理由はみんなと少し違うかもしれない。

厳密に何かがあってハマったというよりは、ハマろうと思って探していた。

ある日BASEを見つけて体験レッスンを受けたとき。
「ひじの過伸展」って言葉になぜか心が踊ったのを今もはっきり覚えている。

この感じ。

これはハマりそうだと“直感”が働いた瞬間。

YOUKIの場合:身体への探究心。

ヨガをしていると、ちょっとした変化で、小さな違いを感じる。この感覚が面白い。

空間が変わるだけでも、同じがない。
自分の心の状態によっても感じることは違う。
無心で遊んでいる感じ、自分の身体の感覚を探っていくのが楽しい。
オタクみたいだけど、これがたまらなく楽しい。

ヨガした後はいつもの景色が違ってみえる。
吹いている風が気持ちいいと気づく。
心がフワッと軽い、それが不思議で。

ヨガでしか感じたことがないこの感覚への探究心が今もヨガを続ける理由。

さらに最近は、ヨガじゃない時間も全部ヨガとして捉えられる。
きっと身体の感覚を飛び越えて、心の変化や成長が“ぜーんぶヨガだ!”って思える。

ヨガと私の人生は、密接で。

ある日BASEのみんなで話していて、自分の人生はバレエや新体操でリズムにのってきたんだと気がついた。

そして、音楽・呼吸・体を同調させる進化系ヴィンヤサスタイルと言われる「インサイドフローヨガ」に出会った。
好きなことがたくさん盛り込まれていて、見つけた瞬間「コレだ!」と思った。

身体への探究心がくすぐられた。
まだまだ生徒として、ヨガを楽しんでる最中だ。

AIKOの場合:体側を伸ばした瞬間。ヨガに恋をした。

私は、あの日のあの“瞬間”のことを一生忘れない。

人にはそれぞれ人生に忘れらない“瞬間”があると思う。

当時、前職の営業の仕事もプライベートもうまくいかず、自分が毎日何をしているのかわからなくなっていた。
深夜に家についたと思ったら、重い身体を引きずって翌朝また仕事へ向かう。
今思えば、完全に自分を見失っていた。

めずらしく時間が空いた午前中、母に連れられて体験したヨガクラス。
詳しく何をしたかは思い出せないけど、体側を伸ばした瞬間。
ビビビッと電気が走ったように、何かが内側で弾けた。

それからは母や弟と一緒にどんどんとヨガに夢中になっていく日々。
ヨガで感じる“いい”という感想を家族で共有できる幸せ。

あの“瞬間”、私は確実にヨガに恋をした。一生忘れないと思う。

直感的で感覚的で、思い出しただけで涙が出そうになる。

AIKOの場合:愛されたいんだって気がついた。

「ヨガをすると、いのちそのまんまで生きていくことができる。」
まるで子どもになっていくように。

この話を聞いたとき。これだ!って胸に響いた。

ヨガをした先には何があるんだろうって、気がつけば夢中になって、身体に、哲学や歴史、心に・・・興味が尽きない。
私にとって、ヨガの学びを続けることは、子どもが何かに夢中になるのを止められないように。
もう止めることができない。

今ヨガを通じて感じていることは、「私は愛されたいんだ。」ってこと。
私は十分に親から愛されて育ってきたけれど。それでも。

人間は誰しも切に「愛されたい。」と心の底から求めているんじゃないかなって思う。

でも、今思うのは、人間は誰しも「自分で自分を愛せるようになりたい。」んじゃないかなって。

今、感じていること。
ヨガをしている私の胸には、花火がほとばしる。生きる喜びが沸き起こってくる。
それは“愛”なのか。
私はまだ、いのちそのまんまで生きていく練習生だ。

これが私たちのBASEカルチャー。


これからもBASEの進化は止まらない。
(Photo by NAOKI)

WRITER
AIKO アイコ 初心者の方にもわかりやすく、心地よいアジャスト、クラスにくると元気になると定評がある、エネルギッシュなヨガティーチャー。

日々、心の底からヨガが好きなんだと実感しています。
特に身体を丁寧に扱うヨガが大好きで、そうやって身体を大事にしていると、心が満たされる感覚が沸き起こってきます。
心は身体に現れると知り、身体を観る技術を磨いています。「あなたの身体は可能性の宝庫!」

ヨガを通じて、
大人こそ自分の可能性をあきらめないで、
今この瞬間から、人生にワクワクできるんだと伝えたい!!!
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